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インタビュー

明日から見る目が変わる! 私たちの知らない「お米」の話

その消費量は年々減少傾向にあるものの、日本人の主食として食べ続けられてきた「お米」。しかし、私たちの「お米知識」には誤解も多いんだとか……。今回は、そんな「お米」の専門家、京都府立大学教授・佐藤洋一郎先生にインタビュー。「稲作は〇〇から始まった」「『主食=お米』になったのは△△時代」といった知られざるお米の歴史、さらに「おいしいお米とは?」という質問への意外な回答など、驚きが詰まった「お米」の話をお届けします!


【お話を聞いた人】

佐藤 洋一郎
植物遺伝学者、京都府立大学文学部教授。農学博士。同大学において、和食文化を担う人材の育成や、和食文化に関する研究をおこなう「京都和食文化研究センター」にも所属している。近年の著書に『食の人類史』、論文に ” Japonica rice carried to, not from, Southeast Asia ” など。好きなお漬物は「しば漬」、「実山椒(みざんしょう)」、自分で漬ける「茄子の糠漬」。


【この記事の主な内容】

・「白米が主食」は明治時代から? 時代で変わる「お米」の姿
・歴史の陰にお米あり! 今の日本は米がつくった⁈
・「コメ作りをやめると魚が消える?」お米からみた“和食”の未来
・「お米事件簿」から考える“おいしいお米”の定義って?

「白米が主食」は明治時代から? 時代で変わる「お米」の姿

―本日はよろしくお願いします! まずは日本における稲作のはじまりについてお聞きしたいんですが……。

それでは、ひとつ質問です。「稲作」と聞いて、なにが思い浮かびますか?

―多くの人がイメージするのは、一面に広がる田園風景……ではないでしょうか?

たしかに、まずイメージするのは水田での稲作ですよね。しかし伝来当初の稲作は、焼畑によっておこなわれていたようです。

―水田の風景こそ、日本人の原風景だと思っていました。

縄文時代の後期に始まったといわれる稲作ですが、今のようなかたちで定着するまでには、かなりの準備期間があったんですよ。

―稲作の文化は少しずつ根付いていったんですね。「お米=主食」という考え方も、稲作と同時に浸透していったのでしょうか?

じつは、そうではないんです。全国で「お米は主食」という認識が当たり前になったのは、明治時代からだと考えられます。

―想像よりもだいぶ最近ですね。それまで日本人は何を主食にしていたのですか?

お米があまり取れない地域の主なエネルギー源は、粟(あわ)やソバ、イモなどでした。またお米を食べている地域でも、お米にそれらを混ぜたり、お米もまだらに精米されたような状態のものを食べたりしていたようですね。

―まだらに精米されたお米というと、どのようなものなんでしょうか?

江戸時代までは、お米を杵と木臼でつくことでもみ殻を外していました。すると、糠(ぬか)の削られ方が均一ではないため、部分ごとに精米状態が変わってくるんです。


ひと粒に透明な部分(精米された部分)と、白い部分(糠がついたままの部分)がみられる。

―今は機械化されましたけど、精米はたいへんな作業ですよね……。

精米はお米の出荷量にも影響を与えます。白米が身分に関係なく手に入るようになったのは、江戸時代。江戸や京都といった都市においてです。その背景には、生産力の向上、精米技術の発展があります。


『北斎漫画.1編』―葛飾北斎 画 (1878) 
(国立国会図書館デジタルコレクションより)
精米をおこなう様子が描かれた葛飾北斎の作品。江戸時代に中国から「唐臼(からうす)」という道具が伝わり、精米を専門にする人々が江戸の辻々を歩くようになったそう。

―白米の一般化は、まずは都市から始まったんですね。

地域差が大きく、農村では「せめて死ぬ前には白米を」とまで言われていた一方、江戸の人々は大量の白米を食べていたといわれています。1日5合、およそ2700kcal分ですね。

―1日5合! そんなにたくさん食べていたんですね!

火事が多かったことも関係し、江戸には単身赴任の武士や独身の職人が多く集まっていました。彼らは「高くはないし、腹持ちもいい」ということでお米をたくさん食べていたんです。


『鶏声粟鳴子(けいせいあわのなるこ)』―猛斎芳虎(歌川芳虎) 画 (1851)  
(国立国会図書館デジタルコレクションより)
労働者の多い江戸では外食産業が発展。「煮売り屋」という、飯とともに惣菜を売る店の様子が描かれている。

庶民の場合、米以外のおかずはかなり質素なものです。少ないおかずで大量の白米を食べることが一般的でした。

歴史の陰にお米あり!今の日本はお米がつくった⁈

お米の歴史を知るためには、「食べ物」以外の面にも目を向ける必要があります。日本の歴史をみていくと、お米がいち食品の枠にはおさまらない存在感を発揮しているんですよ。

―それは、どういうことでしょうか?

たとえば古墳時代、古墳を造っていた人に与えられていたのがお米でした。はっきりとした理由はわかりませんが、腹持ちや栄養という点で優れていたからだと考えられます。

―古墳づくりは、お米に支えられていたのですね。

そうなんです。奈良時代には「口分田(くぶんでん)」として、民衆に田んぼを支給し、税収を確保する仕組みが生まれます。国がまとまるに当たって、お米が大きな役割を果たしたんです。

室町時代、戦国時代では、お米が戦の勝敗の鍵を握る存在になります刈田狼藉(かりたろうぜき)」という言葉を聞いたことがありませんか? これは簡単にいうと、他人の田んぼの稲を無理やり刈り取る行為です。この時代の戦争では、敵の陣地に乗り込んだとき、稲が生えていたら刈り取ったり焼いたりしてしまうんですね。

―国力を削がれないためには、早く収穫する必要がありますね。

そのため、早く育つ稲が喜ばれるようになります。当時の兵士は大半が農民。自分たちの田んぼが荒らされるのを防ぐと同時に、早く食糧を確保して戦に行く。これが織田信長などが出てくるまでの戦い方です。

―信長らの時代以降はどのような変化があったのでしょうか?

軍事物資であると同時に、投機対象にもなっていきます。職業軍人が出現し、商売人が彼らの食糧を農民から買い付けるようになったため、お米をどう売るか、どう買うかという才覚が求められるようになりました。

―歴史のなかで、お米はさまざまな役割を与えられてきたんですね。

その通りです。「日本の歴史はお米がつくった」と言っても、過言ではないと思います。


「コメ作りをやめると魚が消える?」お米からみた“和食”の未来

―長い歴史のあるお米ですが、現在はどのような状況にあるんでしょうか?

残念ながら、お米の消費量はどんどん下がっています

―半世紀で半減したんですね……。

これは日本の食のあり方すべてに影響を与える問題なんです。そのひとつに「魚が獲れなくなる」ということがあります。

―魚とお米? いったいどのような関係があるんですか?

なぜ日本近海で魚が獲れるのかというと、プランクトンが豊富だからです。そのプランクトンがエサとするミネラルの源のひとつが「田んぼ」なんです。


「水田というのは大量のミネラルを持っていて、それが絶えず海に流れこんでいる。だから日本近海にはプランクトンがいっぱいいるんですよ」と佐藤先生。

―海と田んぼは繋がっているんですね。もし水田がなくなったら……。

ミネラルが安定的に供給されなくなり、プランクトンが育ちづらくなります。すると近海の魚が減少し、それをエサとするマグロやカツオも日本では獲高が減るかもしれません。

―私たちの食の土台が失われるということなんですね。

田んぼが荒れれば、野菜も育ちにくい土地になる。日本の食を守るためには「国内でお米が作られ、食べられる」ということが、とても重要なんです。

―お米の消費量が減ったのは、食生活が変化したからですよね。やはり「もっと和食を」ということでしょうか?

その通りですが、「和食」と聞くとハードルが高く感じる人が多いのではないでしょうか? 一汁三菜でなければとか、きちんとした形式に沿わなければいけないとか……。

―確かにそうですね。つくるのに手間がかかるイメージもあります。

もちろん伝統ある形式を受け継いでいくことも重要です。しかし、和食の心はそのようなスタイルだけにあるわけではないと、私は思っています。おかず一品にご飯と漬物、これで立派な和食ですよ! 
とくにご飯と漬物に、お肉やお魚のおかずを合わせるのがオススメ。漬物によって分解されたタンパク質が旨味にかわり、おかずがますます美味しくなるんです。この「旨味」と「お米」のセットが、和食のエッセンスだといわれています。



「お米事件簿」から考える“おいしいお米”の定義って?

―せっかくならおいしいお米を食べたいと思うんですが、佐藤先生のオススメはどんなお米ですか?

じつは、「これがおいしいお米だ!」ということは、一概には言えないんです。

―それはなぜでしょう?

どのように食べるか」によって、「おいしいお米」の基準は変わるからです。例として、1993年に大冷害が起きて米が不足した際、日本がタイから輸入した「タイ米」について考えてみましょう。


タイのお米は細長い「インディカ米」。1993年の米不足は「平成の米騒動」と呼ばれた。

―「食感も匂いも悪い」といわれ、評判があまり良くない印象があります。

決して「タイのお米はまずい」ということではないんです。和食として食べたからおいしく感じられなかった、というだけで、エスニック料理屋さんで食べるインディカ米なら、おいしいと感じる人が多いと思います。

―「その国の料理として食べる」ということが大切なんですね。しかし国内に限れば、たとえば「ブランド米」の方がおいしいのかな、と思ってしまうのですが……。

ブランド米だからおいしい、そうでなければまずい、というわけではありません。かつて問題になった「偽コシヒカリ事件」を知っていますか?

―偽コシヒカリ事件?

「コシヒカリ」として売られていたお米に、別の品種を混ぜていたんです。もちろん、このようなことは決して起きてはいけません。ただ、これはコシヒカリに需要が集中したから起きた問題でもあるんですね。

―お米に限らず、ブランドの負の側面ですね。

「お米のブラインドテスト」というものを、学生たちにときどきやってもらうんです。コシヒカリとそれ以外のお米を用意して、どれがおいしかったかを聞くんですが、意見が割れるんですよ。

―お米の種類によって、粘りや甘みは大きく異なりますよね。

絶対的な「おいしいお米」の基準があるのではなく、「どのように食べるか」、「自分はどんなお米が好きか」ということが大切だと思います。


―最近ではさまざまなお米を小分けで売るお店も増えてきましたよね。

少量ずつ買えると、料理による使い分けもできて嬉しいですね。私の好みで言うと、たとえば炊き込みご飯には、粘りの強い山形のお米「つや姫」がぴったりです。逆にカレーライスやチャーハンはパラッとしたお米を使うとおいしく作れますよ!

―ぜひ試してみたいです! ちなみに、漬物と一緒に食べるのにオススメのお米はありますか?

品種というよりは調理法の話になりますが、やっぱりお漬物にはお茶漬ですね!飲んだ後の〆にぴったりだと思いますよ。


焼きおにぎりの京漬物だし茶漬
嵐山昇龍苑内の「味わい処西利」では京漬物を使ったお茶漬などがお楽しみいただけます。

―なるほど! ちょっと疲れているときの食事にもよさそうです!

ぜひ自分なりの食べ方で、お米の世界を広げてみてください。毎食お米である必要はないですし、私自身、パンを食べることもよくあります(笑)。「食べなければいけない」と思うより、毎日の食生活を楽しいものにするためにお米を食べよう、と思えたらいいですよね。

―佐藤先生、本日はありがとうございました!


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